高松高等裁判所 昭和24年(控)681号 判決
主文
原判決を破棄する。
被告人越智進を懲役一年に
被告人加藤正大を懲役一年に
被告人小池秀稔を懲役一年に
被告人藤岡勇司を懲役六月に
被告人小林英男を懲役一年に
被告人尾崎博を懲役一年に
被告人渡部英正を懲役一年に
被告人森茂敏を懲役一年に
被告人武方信夫を懲役二月に
被告人竹中又二郎を懲役二月に
被告人小笠原茂を懲役二月に
被告人日野邦夫を懲役六月に
懲告人黒河通綱を懲役二月に
被告人藤岡輝年を懲役六月に
被告人武田英昌を懲役二月に
被告人久米義男を懲役六月に
各処する。
但し被告人武方信夫、同竹中又二郎、同小笠原茂、同黒河通綱に対しては本裁判確定の日から三年間その刑の執行を猶予する。
訴訟費用中(1) 証人高橋初次郎に支給した分は被告人越智進、同小池秀稔、同藤岡勇司、同小林英男、同尾崎博、同渡部英正、同森茂敏、同日野邦夫 同武田英昌の連帯負担とし(2) 昭和二十四年四月二十二日証人松本宏二郎、同石川正敬、同丹良治郎、同沢井勤に支給した分は被告人加藤正大、同藤岡輝年、同久米義男の連帯負担とし(3) 同年四月十九日証人松本宏二郎、同石川正敬、同浅野清、同河野秀男、同沢井勤、同佐伯要、同志賀康に支給した分は被告人武方信夫、同竹中又二郎、同小笠原茂、同黒河通綱及び原審相被告人角田直一の連帯負担とする。
事実
被告人越智進、同加藤正大、同小池秀稔、同藤岡勇司、同小林英男、同尾崎博、同渡部英正、同森茂敏、同武方信夫、同日野邦夫、同黒河通綱、同藤岡輝年、同久米義男は原審相被告人角田直一と共に昭和二十四年三月十九日国鉄西条駅前広場に於て愛媛県周桑地区並びに西条市地区の生活擁護同盟が主催となつて開催した不当課税反対人民大会に臨み同日午前十一時頃その人民大会の決議を伊予西条税務署に交付する為大会に参加した人民大衆と共に西条市中を示威行進しつつ同市所在の右税務署に押掛け(被告人藤岡輝年は示威行進には参加せず)代表者を通じて右決議の承認を求め同署長石川正敬に拒絶せらるるや個人面接を許されたりとして折柄課税再審査を求める為に来合せて居た被告人竹中又二郎、同小笠原茂、同武田英昌其の他右大衆と共に同日午後二時頃同税務署裏庁舎二階の同署長室兼総務課事務室内に這入り(其の数約三、四百名である)その這入りきれぬものは署内中庭に這入り込み署長に対し課税問題について交渉を開始しようとしたところ同署長より再三その退去を要求せられたのにも拘らず被告人等は相互及び大衆と暗黙の諒承裡に共同して退去を肯ぜず室内にマイク(拡声機)を装置しそれより隣接の台帳倉庫の屋根にスピーカーを引いて署長との押問答を中庭の大衆に放送する準備を為し、
(一)被告人竹中又二郎、同武方信夫、同小笠原茂、同黒河通綱は被告人越智進と同尾崎博が「署長を告発しろ間税課長に政令違反をやつて居るから告発しろ」と叫んだ際「ヤレヤレ」と声援し
(二)(イ)被告人久米義男は初め署長室に居り後台帳倉庫の屋根の上でスピーカーを持つて居り被告人小池秀稔が屋根の上で中庭の大衆に悪税だと叫んでいた際それに同調し赤旗を両手で高く差上げ
(ロ)被告人藤岡輝年は当日使用のマイクを借受けたもので初め総務課事務室に居たが後中庭に居り
(ハ)被告人加藤正大は被告人越智進、同尾崎博が「署長を告発しろ、間税課長は政令違反をやつて居るから告発しろ、団体交渉を認めぬのは憲法違反」だと叫んで居るときこれに同調し尚署員を指して「貴様等つまらぬものはここ一年内に人民政府を樹てて絞首刑にしてやる」とか「家族にも其の累を及ぼしてやる」とかと脅しつけ
(三)(イ)被告人小林英男は靴の儘署長の机上に上がり其の敷硝子を踏んで割り大衆の意思の代弁者となつて署長に意見を求め大衆に取次ぎ終頃になり被告人渡部英正が署長に対して「天下り更正決定は税務署へ返上してもよいか」と提案した際署長がそれはいけないと答えたのに拘わらず小林英男はマイクで「天下り更正決定は返上しようではないか」と室内や中庭に居た大衆に諮つてから後署長に向つて「大衆は更正決定を返上しようといつて居るがどうか」と押強く返答を促し大衆はこれを声援し
(ロ)被告人越智進、同尾崎博は署長に向い「署長の行為は非民主的だ間税課長は政令違反をやつている、署長はポッダム宣言に違反して居るから共に告発しろ」と叫び
(ハ)被告人渡部英正は河野事務官が退去を求める紙片を掲げようとした際大衆にそれを取れと指図して掲げさせないようにし警官が来た頃扉を締めて入らすなと叫び
(ニ)被告人小池秀稔は台帳倉庫の上で赤旗を振つて中庭に居る大衆に向い天下り更正決定と闘う為には帰らずに居れと煽動し
(ホ)被告人日野邦夫は総務課事務室の東窓辺で内部の模様を中庭に居る大衆に連絡し警官が来ても帰るなと煽動し
(ヘ)被告人森茂敏は署長の前方で「署長を追放せよ」と怒鳴り
(ト)被告人森茂敏、同渡部英正、同尾崎博、同越智進は当日午後五時半頃署長室の机の廻りでスクラムを組み
(チ)被告人武田英昌は署長の前の方に居り同日午後五時半頃大衆が殆んど退去したにも拘わらず同室階段下で逮捕せられるまで頑張り
(リ)被告人藤岡勇司は警官に退去を求められてもその必要なしと肯んぜず
よつて多衆の威力を示し器物を損壞し署長及び其の場に居た税務署員数名を脅迫し当日午後五時頃までの間税務署から故なく退去しなかつたものである。
証拠<省略>
適条
法律に照すと被告人等の判示所為中不退去の点は刑法第百三十条第六十条に、多衆の威力を示して脅迫並びに器物を毀棄した点は暴力行為等処罰に関する法律第一条第一項に各該当するところ右は互に手段結果の関係にあるから刑法第五十四条第一項後段第十条に則り夫々犯情の重い後者の罪の刑により所定刑中いずれも懲役刑を選択しその刑期範囲内に於て被告人等を夫々主文掲記の通り量定処断し、被告人武方信夫、同竹中又二郎、同小笠原茂、同黒河通綱の四名に対しては諸般の情状刑の執行を猶予するを相当と認め刑法第二十五条によつて本裁判確定の日から三年間その刑の執行を猶予することとし訴訟費用の負担については刑事訴訟法第百八十一条第百八十二条に従つて主文記載の通り其の負担を定むべきであり尚被告人等の弁護人の正当防衛又は緊急避難の主張は曩に説明した通り刑法第三十六条第三十七条に該当する事由について其の証拠が十分でないから採用し難い。
仍て主文の通り判決する。
(裁判長判事 坂本徹章 判事 熊野一良 判事 浮田茂男)
理由
被告人竹中又二郎の弁護人北川淳一郎及び全被告人の弁護人藤岡南海男の各控訴趣意は末尾添附の趣意書の通りである。
弁護人北川淳一郎の控訴趣意について
第一点事実誤認で無罪であるとの趣意について
本件訴訟記録並びに原審に於て取調べた証拠を精査し弁護人の援用する事実を仔細に検討するに、
(1)成る程所論のように被告人竹中又二郎は日本共産党員でもなく生活擁護同盟にも関係なく又当日不当課税反対人民大会にもデモ行進にも参加して居らないことが窺知出来る。然しこれらの事実は本件犯罪の罪たる事実に該当せず所謂犯情に関係する事実であり又事実誤認であつても判決に影響を及ぼすこと明らかであるといえる程度のものではないから原判決破棄の理由ともならない。
(2)次に原判決の事実摘示に於ては誰が卓上に靴の儘上がつて硝子を壞したか、誰が人民政府を樹立して貴様等を絞首刑にしてやると言つたかを明確にはして居らず被告人竹中又二郎を含む全被告人が其の所為に出たようになつて居るが事柄自休から見て被告人全部が斯る行為に出たものではなく被告人等の内の一部の者が実行したものであろうということは推測出来るのである。而して本件のような集団による暴力行為の事実摘示は前叙のような漠然たるものであつてもその具体的な証拠説明によつて補われその実行者が誰であるか又はそれが判らなくても被告人等の内のものであることが明確にせられる以上罪たる事実の摘示としては許さるべきであり適法と言わねばならない。原判決に於ても其の挙示の証拠によつて以上の点は明確にせられて居るのである。加之被告人竹中又二郎は判示のような器物毀棄又は脅迫の所為に出て居らないのであるが他の被告人等(被告人竹中又二郎を含み)と暗黙諒承裡に一部の被告人が斯る実行行為に出たものと認むべきであるから被告人竹中又二郎も暴力行為等処罰に関する法律第一条第一項違反の所為ありとして責任があるのである。従つて同被告人が叙上の実行行為者でなくともこれを以て原審の事実摘示に誤認があるとはいえない。
(3)次に原判決挙示の証拠によれば被告人竹中又二郎は(イ)本件集団行為に共鳴し暗黙諒承裡に共同して退去しなかつたこと、(ロ)石川署長は当日午後五時頃まで交渉を続けては居たがそれは被告人等に無理強ひせられて居たものであり故に前に出した退去の要求は決して撤回せられたものでないこと、(ハ)同署長は個人面接をも拒絶して居たのであること、(ニ)同署長室兼総務課事務室は満員であつたことは認められるが退去不能の状態ではなかつたことが夫々優に認め得るのである。
以上(1) (2) (3) 項のような次第であるから事実誤認による無罪論は理由がない。
第二点量刑不当について。
本件記録並びに証拠を精査し弁護人援用の事実を考慮するときは原審が被告人竹中又二郎を懲役二月に処したのは相当であるが諸般の情状を考慮し適当な期間その刑の執行を猶予しなかつたのは失当であると思われるから刑事訴訟法第三百八十一条第三百九十七条によつて原判決中同被告人に関する部分を破棄し同法第四百条但書によつて自判することにする。
弁護人藤岡南海男の控訴趣意
第一点不法に管轄を認めたとの点について
本件が松山地方裁判所の本庁で審理するより同裁判所西条支部で審理する方が幾多の利便あること弁護人の所論の通りであるが原審の管轄移送の申立却下決定に於て説明せられて居る通り本事案は被告人が多数であり犯罪の態様から観ても本庁で審理裁判するのが適当な特殊事件であるから原審が西条支部に移送を求むる申立を却下し本庁に於て審理裁判したことは実質的に不法に管轄を認めたものということは出来ない。論旨は理由がない。
同第二、第三点 事実の誤認又は法令の適用の誤ありとの点について
本件記録並びに原審に於て取調べた証拠を精査した上弁護人援用の事実を吟味しても原判決摘示事実はその挙示の証拠に依つて優にこれを認めることが出来る。従つて所論のような事実誤認又は法令の適用の誤りはない。即ち
(1)石川署長が再三退去を要求したのに拘わらず被告人等は以心伝心即ち暗黙諒承裡に一致して退去しなかつたもので縱令退去要求後署長が応答した事実があつてもそれは被告人等に強いられたものであつてこのような場合は右退去の要求を撤回したものと認むべきでない。此の点に関し原判決が詳細な説明を加えなかつたことは事理の当然であるとの見解に基くものと解すべきであるから毫も事実誤認ではない。
(2)署長室兼総務課事務室が満員であつたことは所論の通りであるがこれが為に退去不能の状態であつたとは認められない、原審がこの点に関し説明を加えて居ないことは所論の通りであるが退去可能であつたことは本件証拠上明々白々であつて原審はこの認識の下に不退去の事実を認定したものと解すべきであり従つて原審は退去不能であるか又は退去不能であるかも知れないと思いながら不退去の事実を認定したものとは到底考えられない。故に原審のこの点に関する罪たる事実の摘示の不備は理由不備とか事実誤認とかの瑕疵とはならない。
(3)原判決挙示の証拠を精査すれば、被告人等が多衆の威力を示したことは明らかで縷々説明するまでもなく又判示器物毀棄脅迫の事実も十分認め得るところである。而して机上に〓の儘上つた以上はこれが為に机上の敷硝子が壞われることは当然であつて縱令壞われることを予想しなかつたにしても器物毀棄罪の故意ありと解すべきである。
(4)被告人黒河通綱が署長室兼総務課事務室に居たこと署長の退去の要求に応ぜず退去しなかつたことは原審挙示の証拠によつて十分認め得ることであり、
(5)被告人小池秀稔、同久米義男の両名が台帳倉庫上に居たことは所論の通りであるが石川署長の退去の要求は単に署長室兼総務課事務室からに止まらず税務署内からの退去を求めて居るものであること原審挙示の証拠によつて十分認められるところであり経験則に照しても当然であるから被告人両名が逮捕せられるまで台帳倉庫の屋根上に居たことも建造物からの不退去というべきであり而して右台帳倉庫の屋根に上がるには右署長室を通り窓から飛び移るのであり被告人両名はその方法によつたのであり又退去の要求を知つて居り尚被告人久米義男は当初は署長室兼総務課事務室に居たこと証拠上明かである。
(6)被告人藤岡輝年が署長の退去要求に拘わらず署長室兼総務課事務室から退去しなかつたことは原判決挙示の証拠によつて認め得るところであり唯同被告人は同日午後五時頃まで同室から退去しなかつたのではなく後刻中庭に居たことそして中庭から退去しなかつたことが窺知せられるのであるが署長の退去要求は中庭からも退去することを求めて居るものであると解すべきこと前項に於て説明したと同様であるから同被告人は中庭から退去しなかつた点に於ても責任ありと認むべきである。
同第四点 正当防衛若くは緊急避難であるとの点について
昭和二十三年十二月十九日ダグラス、マッカーサー元帥は総理大臣に書翰を送り経済九原則を達成するよう希望し若し此の九原則を達成しないときは日本は破滅するであろう故に右九原則の命ずる目標を達成する為には日本人は其の生活の各部面に於て一層の耐乏を要求せられると共に自由な社会に固有な特権と保障の一部分を一時抛棄することを要求せられる、其の要求が如何に苛酷なものであり、個人的犠牲が如何に大きかろうとも甘受しつつ努力すべきである旨述べて居る。右九原則の第一は「支出を厳に削減すると共に必要妥当な新財源を含む政府の全歳入を最大限に拡大することにより可及的速に全予算の真の均衡を図る」とあり其の第二は「徴税計画を促進し強化し脱税者に対し迅速、広範囲且つ強力な刑事訴追が行われるよう措置する」とあり従つて政府は歳出の面では新規事業は一切取止め行政整理を断行する等々により経費の節減を企図し歳入の而に於ては徴税を強行する等の施策を行つて綜合予算の真の均衡を企図したのであるがこれが為に国民の租税負担は当時其の限界に近づいて居た上にその徴税を強行せられた関係上国民の犠牲の大きかつたことは否めないことであり故に本件西条市民及び周桑郡の人々も弁護人所論のような苦境に立つたことも十分首肯出来るのであるがだからといつて本件建造物侵入及び暴力行為を目して正当防衛行為即ち急迫不正の侵害に対し自己又は他人の権利を防衛する為め已むことを得ず為したるもの或は又緊急避難行為即ち自己又は他人の生命身体自由若くは財産に対する現在の危難を避くる為已むことを得ずして為したるものとは到底考えられないのである。而して本件訴訟記録並びに原審に於て取調べた証拠を精査してもかかる正当防衛又は緊急避難行為と目すべき情況は証拠上見当らないのであるから原審が斯る証拠なしと判断したのは正当であり斯る判断は一面弁護人所論の事実は正当防衛にも緊急避難にも該当しないとの判断も包含せられて居るものと解すべきであるから原判決に特段の説明なしとするも何等違法ではない。論旨は理由がない。
同第五点 量刑について
本件訴訟記録並びに原審に於て取調べた証拠を精査し弁護人の援用する事実を斟酌し更に同種事件に対する従来の科刑等を考慮に入れれば被告人等に対する原審の量刑は稍重すぎる感があるから刑事訴訟法第三百八十一条第三百九十七条に則つて原判決を破棄し同法第四百条但書によつて自判すべきものとする。
被告人竹中又二郎弁護人北川淳一郎控訴趣意
原判決はその基礎となつた事実について誤認があると信ずる。
先づ判決の「理由」を摘記しよう。
昭和二十四年三月十九日国鉄西条駅前広場に於て周桑郡地区並西条市地区生活擁護同盟が主催となり不当課税反対人民大会なるものを開催した処、被告人等も右人民大会に臨み、同日午前十一時頃その人民大会の決議を多衆群衆と共に西条税務署長に交付すべく市中デモ行進をして同税務署に赴くや被告人等は氏名不詳者多数の者と共に同日午後二時過ぎ頃同税務署裏庁舎二階の署長室兼総務課事務室に這入り税務署長に対し多数が一時に押掛けて、納税問題につき交渉を開始しようとしたところ同署長より再三その退去を要求せられたにも拘らず被告人等はその他多数の者と共に互に暗黙の諒承裡に退去を肯せず且その多衆の威力を示して同室内にあつた卓上に靴のまま上りこれが為机の敷硝子を割つて器物を損壞し又、同署長及び其の場にいた職員松本外数名に対し「人民政府を樹立して貴様等は絞首刑にしてやる」とか「家族の者にまで累を及ぼしてやる」等と申向けて同人等を脅迫し以て当日午後五時頃までの間同所より故なく退去しなかつたものである。
こうした集団的事件が当日西条市で行われたことは明白であり、またそれがさきの国鉄松山機関区事件と共に愛媛県下に於ける最近の所謂「共産党事件」であること、これまた周知の事実である。
かかる事件については、ただその客観的外的な面にだけ着眼してこれを処理したのでは殆ど沒意味であつて、ここでは終始主体的内面的にかかる事実が如何なるイデオロギーのもとに行われたのであつたか、その主動者如何、その行為が一般社会に如何なる影響を与えるか、一般社会はこれを如何なる感情を以て受けいれるかと云つたようなことを終始念頭に置いて、所謂大衆的な重点的な処理が必要なのである。
然るに原審に於ては、あまりにも全体に急にして、個別を忘れ客観的事実を見て、主観的精神を忘れたる嫌いがあることを遺憾とする。
以下これを被告竹中又二郎に就て証明することとしよう。
被告竹中に就ては判決理由は殆ど該当しない。
(イ)彼は「生活擁護同盟」に関係がなかつた、況やその主催者でもなかつた
(ロ)彼は三月十九日の「不当課税反対人民大会に臨み」もしてなかつた
(ハ)更に彼は「決議を持してデモ行進をした」ものでもなく、又それに追随した「群衆多数」中の一人でもない
(ニ)次に税務署に於て竹中は「互に暗黙の諒承裡に退去を肯じなかつた」ものでもなく
(ホ)「卓上に靴のまま上つたり器物を損壞した」ものでなく
(ヘ)「人民政府云々」は勿論、何等「脅迫的」な言辞に出でたものではない
元来竹中は共産党員でない。本事件の主権者たちとは一面識もない男である。而して本事件の最も、いな唯一の決定的なモーメントはこの「共産党員」の四字である。
共産党員であるか無いか、若し主体性が肯定さるる場合には客体的な犯罪事実を無条件に肯定し、主体が共産党員でないときその客体的事実を直に否定しても、恐らくさほど大きな事実認定上の錯誤は無いくらいでありまた刑罰目的からあまり遠くかけへだてると云うことはあり得ないと思う。況や被告竹中は主体的には共産党員でなく、客体的にはその日偶々税務署に来ていたこと、早く来たので署長室の最前線にいたと云う偶然的な事実から、多衆混雑のドサクサ紛れに有罪の判決が下されたのであつて、文字通り玉石の混淆である。
この玉石の混淆を実証すべく先ず四月十八日第二回公判廷に於ける被告の陳述を引用しよう。
私はそれまで課税に対する異議の申立を為すべく西条税務署に二回行き、その第三回目に行つたのがあの十九日だつたのです。その日税務署に行くと「団体交渉はいかんが個人交渉なら受付ける」と云うことをメガホンで聞いたので、個人交渉のため二階に上つたのです、私だけでなくほかの人も多数上つたのでしたが、決して拒まれはしませんでした。すると午後二時半ごろでした警察官から「今日は交渉を打切るから退いてくれ」と云われました。そう云われましたが税務署長や間税課長等は交渉をつづけていて、それが四時半ごろまで続きました。又実際のところ右の退去命令があつた時には階上は人でギツシリ一ぱいで身動きも出来ない状態でしたので出ようにも出られなかつた関係から私達は出なかつたのでした。
そこで私等は交渉の話をきいていたところ警察官が前にいた人から順に引つぱり出し私も手を握られたので「どうしたのです、私は異議申立書を持つて来たのですが」と云いましたが聞き入れず、逮捕されたのでした。
公訴事実は全部間違つている。あの時私は暴言を吐きもせず器物をこわしたことはありません、また自分は納税運動を引おこしたように起訴状に書いてあるのは間違いであり、デモ行進にも参加していません。
(イ)被告は単独で税務署に行つたのである。一回、二回、三回目は翌二十日で異議申立の期限が切れるので十九日の早朝から税務署に行つたのである。
彼は退去の要求があつたとき、こうした場合の社会的礼儀、社会的通念として、後方から群衆が順次退去するのを待つていたのである。勿論物理的には群集を無理に押し分けて、そこに波瀾をかもし出してもかまわず出ようとすれば出られないことはなかつただろう、だがそうすることはかかる場合に常識人としてとるべき態度ではない。だから「多数の者と共に暗黙の諒承裡に退去を肯じなかつた」のでは決してない、また竹中の場合を処罰するとすれば、そこにいた何百と云う多数をも同時に処罰しなければならない。
彼が逮捕されたのは「偶々最前線に居合せた」と云うこと以外の何ものでも無い。
なお彼は思想的にも行動的にも共産党とは最も縁の遠い存在であつて、恐らく例えば「人民政府」と云う言葉の意味さえ知らないであろう、こうした竹中が「人民政府云々」の言辞を弄することは事実上絶対にあり得ないし又考え得ない。
彼は農民であり、良家父であり、当年とつて五十五才。堅実な地方の有力者、曾て町会議員にあげらるること連続三回又二十余年来消防組長をつとめている。これだけでも彼の人格、性向を知るに充分である。
(ロ)この時検束された者は二十七人であつたが、後間もなく釈放されたもの五、六人。この五、六人の中に竹中が加えられなかつたのは不思議である。或は政治的理由から来ているのかも知れない。
第二回公判調書に竹中は
その時検束されたのは二十七人で、当刑務所へ来たのは二十二人で、間もなく六、七人釈放されました。戸田源二郎はあの時警官に対し暴行をしていたのに不拘釈放されている、現在水見町は戦時中の強制合併に対する分離問題が起つているのです。そして私は大衆のために分離派の副会長を致して居ります反対派は財産家やボスです。その運動の最中に私が検束されましたのは反対派の策動があつたためではないかと思います。
このこと竹中の単なる想像に過ぎざるか否か、ここにはこれ以上追求することをさし控えよう。
因に第二回公判廷に於て本弁護人(北川)の請求により在廷証人として戸田源二郎が取調べを受けた。彼の陳述は偶々以て戸田、竹中等単独行動組のその日の行動の真実を伝ふるものとして注目すべき価値がある。次にその要旨を書こう。
私等は更正決定に対する異議期間が僅か半月位しか与えられていなかつたから、それを一ケ月位にして貰うこと、課税に凸凹があるのでそれをなくするため等に市長、議長を代表者として税務署に願つたのですが、団体交渉はいけない、個人交渉であればよいから入つてくれと云うことでしたので自分等は税務署の二階に上つて行きました。既に個人面接が始まつていたので私は順番の来るのを待つていました云々。
二人の警官が来て「退去命令が出ているのに何故ぐずぐずしているのか出て行け」と云つたので私は「許されて話をしているのだ待つてくれ」と云つたがきいてくれないので、私は「それは不法では無いか、仮に署長が退去命令を出していても個人面接が許されて話をしているのだから」と云つたところ警官が「小理屈を云うな」と云つて私を階段のところまで連れて行きました云々。
(ハ)公判廷に於て事実について供述した証人等は全部が西条税務署員と関係した警察官吏であるこれ等は正しき意味に於て「証人」だろうか、云はば民事に於ける反対側の当事者とも云うべきものではなかろうか、彼等は意識的にも正しき陳述をする可能性少なく、自己の行為を正当化しようとして、被告側に不利な証言を為す危険性が大であるのみならず、その当時の模様を公正無偏頗に見ていた客観者でないが故に無意識的にも正しく確かな証言を為す能力を欠くものではなかろうか、従つて公判廷に於けるこれ等の人々の証言は本弁護人(北川)が第三回公判に於いて述べた如く「信用し難き」ものではあるまいか。
若し一歩を譲つて右証人等の陳述がすべて事実の真相を伝へているものと仮定するも
(イ)証人松本は「竹中が署長の机の正面にいた」と云うことしか陳述していないし
(ロ)石川は「竹中がいた」ことと「卒先してこれに同調していた」と云つているが、さきにも云つた如く竹中は全然共産党イデオロギーの持主でなく又個人として自己の税額の更正方を求めに行つたものであるから、共産党員の言辞に同調し内面的にするなどと云うことはあり得ない
(ハ)浅野は「率先してではありませんが、他の者に同調して「やれやれ」と云つて騒いでいました」と云つている。これに対して竹中は「私のそばにいた老人(戸田)が大声していたがこれと間違へているのではないか、私がどんな服装をしていたか」と聞いたのに対し「服装までは見る余裕が無かつた」と答へている。
(ニ)河野は「竹中等は何処にいたか」の問に対し「どこにいたかはつきり記憶していない」と答へ
(ホ)沢井は「竹中は警察官に連行されようとするのを拒否していたようでしたから私がそこへ行き竹中の手を握つて階段のところまで行き」云々
これ等の証言を綜合して判断するにあのドサクサ紛れの際の一方当事者の証言の典型的なもの、所謂十人十色相当便りないものである。これだけの証言を以て(被告本人、全部的に起訴事実を否認しているに不拘)判決理由に記載さるるが如き犯罪事実を竹中に認めることはあまりにも無謀且つ大胆なことであると思惟する。
一、竹中は刑法第百三十条及び第六十条の「不退去、共犯に該当」するものでは決してない。
二、竹中は暴力行為等処罰に関する法律第一条に該当しない。若し万一竹中が税務署に於て多少「わいわい」云つたとか、少々昂奮していたとか云うことを以て有罪が判決せらるると仮定しても、彼が党員にあらざること、生活擁護同盟に関係のないこと、デモ行進をしたものでないこと、卓上に靴のまま上つたり器物を損壞したことは絶対に無いこと、退去を肯じなかつたのでなかつたこと、並に彼の過去現在の経歴、社会的地位から考えてこれに実刑を課することは非常識でさへもあり、あまりにも苛酷である。
竹中には無罪の判決が下さるべきものと思惟するが万一有罪と判決さるる場合でも執行が猶予せらるべきものである。
被告人越智進外十五人の弁護人藤岡南海男控訴趣意
第一点本件は西条の裁判所で裁判すべきものであつて之を松山の裁判所で裁判したものであるから不法に管轄を認めた事に該当すると信ずる。
被告人等全員の住所は新居郡周桑郡であつて其の他事件に関係して居る者皆大体同地方に居住しているのである。勿論住所地には被告人達の親族知己が住んで居て本件の審理の進行には重大な関心を持つて公判の傍聴等を熱望している。所が本件が松山で公判審理を受ける為傍聴の希望者は遠路を汽車で出掛け場合によつては宿泊等をしなければ傍聴が出来ない。此の事は実質的には傍聴の自由を制限して刑事訴訟の大原則である審理公開主義に反する。故に本件の審理は松山地方裁判所本庁より西条支部に移送して同支部で審理裁判を為し関係者に傍聴の自由を確保せしめて公開主義の原則を守るべきであつた。又本件は事件自体の性質上地方の輿論を根柢とし地方の人心に支配されて自然発生的に惹起したものであるが故に其の地方の輿論人心の動向(特に税に対する地方人の態度)を把握しなければ適正な事件の価値判断に不能であつて勿論妥当な裁判は出来ない而して右人心の把握には直接現地の西条の裁判官によつて公開審理をする方法以上の方法はない。故に此の意味からも西条支部に移送すべきものであつた。
尚本件は西条市に発生した事件であるから訴訟手続の進行に際して証人調実地検証等の事務的な面についても実地である西条が便利である。被告側は証人の申立実地検証の立会等に於ても実質的に制限を受ける結果を避け得なかつたのである。
本件を西条支部に移送して同支部で審理するとしても何等の不都合はなかつたのである。即ち本件が合議部で審理されねばならぬものとするも西条支部にて合議部の審理は出来得たので他に移送を不都合とする理由は何もなかつた。
右の様な理由から本件は当然西条支部へ移送さるべきものであつたから本案審理の開始に先だつて移送の申立を為したけれども却下されたのである。
前述の如く本件は当然松山地方裁判所の西条支部で公開審理が為されなければならなかつたが之れを松山地方裁判所の本庁で審理裁判が為されたのは実質的に不法に管轄を認めたものであるから斯る審理の下に作成された原判決は当然破棄されなければならないと信ず。
第二点原判決には次の様な点に事実の誤認又は法令の適用の誤りがありその誤りは判決に影響を及ぼすべきものであると信ず。(一)本件一部の被告人等が税務署の裏二階の同署長室に這入つて交渉を為し逮捕される迄は終始署長と交渉が継続されていたものであつて、此の事実は原審の各証人達の証言によつても明瞭である。仮りに署長室に這入つて交渉を開始しようとしたところ同署長より退去を要求せられたとしても再び交渉が開始され継続された以上退去の要求は暗黙裡に撤回されたものとさるべきではないか。退去の要求を保留した儘交渉をすると言う事は特別の言明がない限り吾人の常識では理解出来ない。然らば交渉が為されていた間は退去の要求は存在せずとして不退去の犯罪行為なしと事実の認定をするか少くとも退去を要求後に交渉が為されていた事実を認定して此の事実は暗黙裡に退去の要求を撤回したものであるか否か判断を示すべきあるのに示してなく不退去罪の罰条を適用したのは事実の誤認か法令の適用に誤りがあると信ず。(二)本件の被告人の中で退去の要求を受けて退去せんとする意思を持つていたとしても当時裏二階の署長室は満堂に数百人の大衆が満ちて居て自由に退去する事が出来ない様な状態にあつたのであるが此の事実は各被告人の強く主張し又証人の中にも此の様な趣旨を述べている者もあるけれども原判決は斯る事実を全然認定してないがこれは事実の誤認であると信ず。(三)原判決は被告人等が多数の威力を示して器物を損壞し又は脅迫したと事実の認定を為しているが斯る事実はない。本件にて税務署と被告人達との交渉は至極平穏冷靜になされていたものであつて此の事は原審の各証人の証言によつても立証されているばかりでなく当日の大衆の希望は一時的に威力を行使して強制的に為さしめんとする事によつて目的を達成する様な事柄ではなかつた。それは飽くまで合法的に公然と交渉する事により相手方を納得せしめなければ解決の出来ない事柄であつたから物理的な暴力を行使する様な事はなかつたのである。税務署員中証人として多数の威力によつて恐怖を感じたと証言しているものもあるが此れは自分達の職務上の欠点を追及さるる事の恐怖心より生じた疑心暗鬼的な恐怖心である。省みてやましくなければ何等恐怖心を抱く理由はなかつたのである。斯る主観的な感情による証言の証拠力はないと思う。然るに原判決は多数の威力を示したと認定したのは事実の誤認である。(四)原判決は器物(机の敷硝子)を損壞したと事実認定をしているが誤認である。当日器物を損壞して何等益する所はない。万一あの様な多数の大衆が行動を起している時器物を損壞するべくして損壞したとすればそれは直に大なる悲惨事が発生した筈である。大衆の行動に対し見るべき事故の発生しなかつた事は当日の行動が如何に靜肅に行われたかを物語るものと信ず。此の事から考えても当日器物は損壞された事実はなしと信ぜらるるが仮に破壞されていた判示のガラスが当日の事故で破損したとしても損壞の故意を以て為した事実ではない。全く過失によつて惹起した事である。故意を立証する資料は何もないのである。然るに此の事実を故意になしたものと同価値に置いて判断している原判決は事実の誤認か法令の適用を誤つていると信ず。
第三点原判決は其の理由中「被告人等全員は氏名不詳者多数の者と共に同日午後二時過頃同税務署裏庁舎二階の同署長室兼総務課事務室に這入同税務署長石川正敬に対し多数が一時に押かけて納税問題につき交渉を開始しようとしたところ同署長より再三その退去を要求せられたにも拘らず被告人達はその他多数の者と共に互に暗黙の諒承裡に退去を肯せず…中略‥当日午後五時頃迄の間同所より故なく退去しなかつたものである」と事実の認定をしているけれども被告人達は判示の如き行動をなしたものではない。(イ)被告人黒川通綱は同人が公判廷で陳述している様に同日午後四時頃(二時過頃多数と共ではない)課税に対する異議申立書の為税務署の柵内には入つたものであつて決して同日人民大会に参加し又午後二時頃同税務署の裏庁舎二階の同署長室に這入つたものではない。黒川が同日午後二時頃同税務署長室に這入つた事については何も証拠はないのに不拘同人も亦同日午後二時頃署長室に這入り云々と事実の認定は明瞭な誤認であると信ず。(ロ)被告人小池秀稔や被告人久米義男は同日税務署長室にいたものでないのに不拘同日午後二時頃から同五時頃迄署長室にいたとした原判決は事実の誤認である。同被告人等は倉庫の屋根にいたものである事は次の通り証人丹良治郎同沢井勧の証言からしても明瞭である。即ち証人丹良治郎は「二階で交渉が初つて三十分位したと思う頃署長室の窓から之に続いて下方にある倉庫の屋根に久米義男が赤旗を持つて窓から屋根に降りたので私は其の行動を注意していました。すると見たことのない人がその屋根の中央部にマイクをとりつけたので久米はそのマイクを試していたところ中庭から小池秀稔がその屋根に上つて行き中庭にいた大衆に向つて「悪税だ天下り更正決定だ」と呼んだに対し右久米は之に同調して居り赤旗を高く両手を差上げているのを見ました云々」と供述して居り、証人沢井勧は「……右久米は小池秀稔と共に税務署の倉庫の屋根に居り赤旗を振つて中庭にいた大衆をせん動しているのを見ましたが同人等が中庭に降りた処を検束しました云々」と供述している。右によつても明瞭である様に小池秀稔も久米義男も同日午後二時頃から逮捕されるまで倉庫の屋根にいたものであつて決して判示の様に其の間を税務署長室に居たものではない。従つて同署長室で発表された退去の要求があつたとしても右被告人等は知らなかつたのである。ともあれ屋根から降りた所を逮捕されたのであつて之に反する同人等に対する証拠はないのである。此の点原判決は事実の誤認であると信ず。(ハ)被告人藤岡輝年は当日最初より逮捕される迄中庭に居て二階に上つた事はないのである。此の点は同被告人が終始陳述している所である。然るに原判決は同被告人も他の多数の被告人と同様に行動した如く判示している。而して原判決の判示に添う証拠としては松本広二郎の証言があるが同人の証言は他の事実に対する場合は断定的に供述しているが被告人藤岡輝年の所在についてのみは「日野邦夫の傍に藤岡輝年がいた様に思います」と断定してないのであつて記憶の明確でない事を示している。然りとすれば同被告人は原判決判示の様に二階の税務署長室にいた事はないのであつて事実の誤認であると信ず。
第四点原判決は「尚被告人等弁護人は本件行為は不当な課税を是正する為やむを得ぬ行為であつて自己又は他人の生存権若しくは生命等を守る為に已むを得ざるに出た行為であるから正当防衛行為か又は緊急避難行為であると主張するけれども之を認める証拠がないから採用し難い」として正当防衛又は緊急避難の主張を排斥している。けれども本件にも弁護人が云う侵害又は危難とは不当に重い課税及び此の課税権を実行する為の差押等の実力行為である。西条税務署にて取扱つていた課税は技術の拙劣誠意の不足等の為に極めて不公平になつていた。一般大衆に対しては非常に重かつた事実は証人高橋初太郎同尾崎岩夫同武田弘子同山登等の証言によつても明瞭である。加之此の重い税金は当時三月十九日迄に納付しなければ三月二十一日を経過すれば仮借する所なく差押え等直接行為に移される事となつていたのであるが此の事は被告人達の交々陳述している点である。不当に重い税金に対して異議も認められず不服も申立てる事を得ず時間的余裕も与えられる事なく財産の差押等を受ける事となればそれは真しく身体財産に対して差迫つている侵害乃至は危難と云うべきである。尚此の侵害乃至は危難は三月二十日より実現する可能性が濃厚であつた三月十九日に本件は発生したのである。此の侵害乃至危難を如何にして免かるるか、税務署に交渉して不当なる重税を是正せしむるか滞納処分を一時待たしむるか以外に方法がなく止むを得ず今回の行動となつたのである。此の故にこそ弁護人は正当防衛乃至は緊急避難の主張をしたのであるが斯る際裁判所は当然侵害乃至危難の有無及其の内容について判断を為し、続いて唯一の方法であるや否や等について判断を示すべきであると信ず。即ち本件の様に侵害乃至危難がある事が証拠によつて明瞭な以上侵害は急迫不正の侵害であるか否か危難とすれば現在の危難か否か防衛行為乃至は避難行為は適当であつたか否か等について判断を示すべきものである。然るに原判決は唯単に証拠なしとして何等の判断を示さざるものにして法令違反存するものと信ず。
第五点原判決は被告人等に対して懲役二月乃至懲役一年六ケ月に処したのであるが次の様な理由からその刑の量定は不当である。西条税務署の不当に重い税金の為に苦しんだ大衆は此の税金の重圧から逃れる為に異議の申立を為さんとした。又三月二十日をすぎれば仮借する事なく差押等の強制手段が実行されるのであつて、此の重圧より自分達の生活を守る為に止むを得ず他に方法がなくて三月十九日税務当局に更正決定の再検討及強制手段の猶予を陳情し交渉せんとしたのが客観的には本件の事件である。当時被告人等は勿論一般大衆も決して事を荒立てる事を希望したるに非ず極力平靜裡に行動し交渉した事は西条市長や同市会議長が率先参加し交渉に当つた事実からも明瞭である。又万一当日の被告人等中に極少数の者であつても暴行脅迫的態度を容認する意思を持つたものがあつたとすれば必ずや大事件に発展したであろう事が想像されるけれども極めて平靜裡に終始した事に被告人等が細心の注意を払つていた事を物語るものである。三月二十日を過ぎれば差押等を受けるから三月十九日中に何とか解決をしなければならぬと必死の努力をした大衆の動きとして本件は三月十九日に発生したものである。生きんがための努力であり生活権確保の為の手段である。不退去の犯罪であるとされるけれども退去要求をした後も依然として交渉は継続されているのである。本件の行為が斯くも重大なる刑事犯罪を構成するとは考えなかつたのである。その窮状の深刻の余り熱意厚くして適度の交渉打切を誤つたと云うべきで決して悪意ある行為ではない。右の様に動機は極めて同情すべき窮状打破の努力であるか又はその困窮している者を救済せんとの努力である。その行動は又極めて平靜に為さんとし平靜に為したもので何等刑法犯的意思をもつて行動したものでは断じてないのである。若し本件にて警官の動員もなく逮捕もなかつたとすれば普通の示威運動と何等異る処なかつたものである。個別的に観察しても懲役二月の者達は当日単に他の大衆と共に自己の窮状を逃れん為に参加したもので他意なく他の大衆と何等相違する処はない。此の者達に対して懲役二月の実刑を科する事によつて何の実益を期待出来るであろうか懲役二月の実刑は弊害以外の何者もなく全く無意味である。又被告人達に酷である。斯る量定は極めて不当である。他の被告人の量定についても仮に有罪であるとしても本件の如き情状で再度発生の可能性乏しく軽微な事件なれば極く軽く量定すべきである。本件の法定刑に比して懲役一年六月又は同八月は重きに過ぎるのみならず本件の如き情状にては実刑を科する事なく当然刑の執行を猶予すべきものであると信ず。右の如き理由によつて原判決の量定は重きに過ぎて不当であり判決に影響を及ぼすべきものと信ず。